2019年08月13日

大量生産と稀少性

ずっと『作者のひみつ(仮)』に関して、大量生産・大量流通・大量消費の産業資本主義の社会における作者の条件ということを考え続けてきたわけだが、もう一方の「天皇の死と交替」に関して考えているうちに、天皇や皇室の価値は大量生産されない稀少性にこそ見いだされてきた、ということに気づかされた。
昨日書いたオカルト的迷信的な存在としての天皇というのも、他にそんな特殊能力を持った存在がいないと見なされてきたからだし、また一応一人しかいない(かつて二人いたこともあったが、こちらが正統という判断が下されて無いことにされた)というのももちろん稀少性である。

もっとも近代の天皇制がその時代の主力であるマス・メディアを活用して、「国民」にその存在をアピールし、自明な存在になってきたということも同時にある。
つまりイメージが大量生産されて消費される一方で、別の形で稀少性を担保しようとしてきたのが、近代の天皇と皇室だということになる。

きちんと検証していない、直観的なものだが、「文化天皇」とか「黄金天皇」というのは、稀少性を強調した発想なのかもしれない。

『なぜ天皇は滅びないのか』と『レストレス・ドリーム』とを読み終えて、この二つが組み合わさって思いついたのが、オカルト的な稀少性と、消費される有名性というのは、二面性とか矛盾として天皇の中にあるのではなく、レイヤとして重なり合っているものではないか、ということである。
『レストレス・ドリーム』の「私」が見る夢または桃木跳蛇を主人公とするゲーム「魔鏡マンダラ」は、現実の別世界・異世界ではなく、現実と重ね合わされた別レイヤである、という読み方をしたのがきっかけである。

複数のレイヤの重なり、というイメージで、従来の天皇制の顕教と密教というのとどう変わってくるのか、もっと考えねばならない。

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2019年08月12日

迷信の国

昨日の続きの作者の肖像写真の章は、内容が盛りだくさんで途中までしか書けず。やはり章ごとの分量のバランスが悪すぎる、今のところ。

で、三日前にふれた『天皇はなぜ滅びないのか』について。
やはり、近代になる前、特に中世・近世の武家政権と天皇や公家との関係がメインの話であった。天皇が武家の権力を保証する存在として重要視されていた、という主旨で、後半はそれだけではなく様々な文化を引き受けるブランドとして天皇や公家たちが機能していたということになる。

つまりはみんな天罰や祟りみたいな迷信に囚われていたということなのか? という気もしないでもない。もちろん坂口安吾なんかも言っている権力者にとって利用できた、都合が良かったということもあるのだろうが、この本によるともっと超自然的な恐れを抱いていたように思えてくる。
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「日本国の象徴」という憲法一条の文言もなんだか、幽霊めいたオカルトな存在にみえてくる。
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2019年08月11日

『作者のひみつ(仮)』3章を公開

今回はさらに短い。

正直noteの機能には納得できないところがある、というかかなり使いにくいサービスではないかと思う。
この程度のレイアウトの機能では、紙の出版物に慣れた目には厳しい。
いや、紙の出版物の代替品ではなく、新たな表現ツールということなのだろう。

今回もなぜか本文中に画像を埋めこむのができず(1章ではできたのに)、原因を探る時間を取るのもアホらしいので、一番上に載せることで許してやることにした。
初期は下書き保存すらできなかったのに比べればよくなってはいるとは思う。

続く4章は、肖像写真の話。

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2019年08月10日

『作者のひみつ(仮)』2章を公開

二週間ぶりくらいでnoteに2章を公開。

とはいえ、1章に比べてかなり短くなった。逆に1章が長すぎるのかも。
近世の出版について調べたことで活かせていないのがたくさんあるので、もう少し追加するかもしれないし、後の章で使うかもしれない。
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今回公開したのは暫定版になるかもしれないが、ひとまず先に進みたい思う。

次は〈仲介者〉について説明する章の予定。
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2019年08月09日

利用される天皇

『未確認尾行物体』読み終わり、長山靖生『天皇はなぜ滅びないのか』(新潮社、2011年)を読む。

前者、昨日ふれた表題作は1986年に書かれ1994年を作中時間としていたが、最後の「ウイルスの奇蹟」1987年発表で作中の時間も1996年にまで及んでいる。笹川賢一について、繰り返し「皇太子の御学友」と記されるのが気になる。

後者は読み始めたばかりだが、様々な研究をよくまとめているという印象である。ただし、近代についての話は少なそうである。
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2019年08月08日

少し未来を描いた過去の小説

島田雅彦『未確認尾行物体』を30年以上ぶりに読む。

以前ふれたように、これを皇太子明仁が登場する小説と思いこんでいたが、1986年に発表された小説ではあるものの作中の時間は1994年、しかも皇太子の年齢からすると発表当時はまだ浩宮だった徳仁(現在の今上天皇)が登場する小説だった。
つまり、1986年と1994年の間に天皇の交替と新皇太子の結婚(皇太子妃にも言及がある。ちなみに実際の徳仁と小和田雅子の結婚は1993年)が行われることを予言した小説とも言える。やはり、1980年代半ばの時点で、裕仁天皇が1990年代まで保たないこと予想できたということだろう。とはいえ、西暦だけが出てきて、元号は出てこない。

今読むと、同性愛者やHIV患者への差別表現が厳しいのだが、当時いかに差別的な視線を向けられていたかがよくわかるテクストになっている。単行本も文春文庫版も品切のようですが。
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2019年08月07日

大江健三郎の妊娠小説

「燃えあがる緑の木」を読み終わる。

結末近く、「新しいギー兄さん」が殺されて「「燃えあがる緑の木」の教会」が解散した後、「サッチャン」が妊娠していることが語られる。
共同体が崩壊した(させられた)後に、女性が主要な男性との間の子どもを妊娠しているのがわかる、というのは、これまでも「万延元年のフットボール」(1967年)、「洪水はわが魂に及び」(1973年)、「懐かしい年への手紙」(1987年)でも繰り返された、大江健三郎の得意なパターンである。
もっとも「懐かしい年への手紙」については、「燃えあがる緑の木」の中で想像妊娠だったことが明らかにされているわけで、同様の展開が小説終了後の時間で起こっていないとは限らない。

とはいえ、大江健三郎が昔から受け継がれてきた妊娠をめぐる物語の力を利用しているのは確かで、斎藤美奈子の分類に従うなら、その物語は「おぼこ娘自立譚」ということになる。
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斎藤美奈子が論じている「妊娠小説」とは「望まれない妊娠」が登場する小説のことなので、これらの小説に当てはまるかは微妙である。結婚相手との間に生じた「おめでた」ではなく、男性が死んでしまい、いわゆるシングル・マザーになるのは確定のではあるが、妊娠した女性が困っているというわけではないからだ。

彼女が自立していくこと、「母としての強さ」を身につけていくことを期待させて、小説を終わらせるという方法を頻繁に取るということと、彼の小説の語り手・登場人物が持っているフェミニズム以前の性別観は関係しているように思われる。セックスの扱い方も同様である。
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2019年08月06日

ハラスメントな言葉たち

この前少しだけふれた『レストレス・ドリーム』を読み進めているが、作中のゲームの中のゾンビや敵のシステムが女性を差別する発言を銃弾や砲弾のように連発する。

ずっと読み続けていると、その約十年後に出版された斎藤美奈子『物は言いよう』(平凡社、2004年、連載は今は亡き『噂の真相』)を思い出した。
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ゲームとかゾンビとか特撮とか女子プロレスとか「メイン・カルチャー」から排除されたものを、おそらく「純文学」の読者を置き去りにしてどんどん登場させているのとか、10年以上時代に先行した小説という印象である。
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2019年08月05日

実は明白だった作中の時間

昨日の「燃えあがる緑の木」の作中時間の問題、「第二部 揺れ動く」(「ヴァンシレーション」とフリガナがふってある。タイトルにふれる度にルビが必要になる。ええい、めんどうなり)を読んでいたら、「第五章 「死に至る手続きの数学的記述」」にヨーロッパを旅する「総領事」に同行した「ギー兄さん」の旅行日録に「六月九日、火曜日」等と記されており、調べたらこの年は1992年だった。
逆算すると、昨日の「ヒカリさん」の年齢に基づいて数えたのより一年ずれている。

1985年 「サッチャン」がザッカリー・K・高安とペッティングしたのをきっかけに男性から女性へと「転換」する。

1990年 「オーバー」が亡くなり、葬儀に親族が集まり、「ギー兄さん」が心霊治療めいたことを始め、しかしトラブルとなって殴られる。
「治療塔」発表
1991年 秋、「総領事」に病気が見つかり、外務省をやめて谷間での生活を始める。
「治療塔惑星」発表
1992年 ザッカリーが七年ぶりに谷間を訪れる。(1991年冬かもしれない)。6月「総領事」ヨーロッパ旅行。8月死去。
「治療塔」3部作最後の草稿が「K伯父さん」から送られてくる。

これらの作中のできごとに、「K伯父さん」が東京女子大学で講演をしたり、パリでシンポジウムに参加したり、高知の市民大学の講師をしたりといった記述が付随しているので、これらを大江健三郎の年譜と比べてわかることもありそうだが、逆にまた一年ずれていたりするのかもしれない。

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2019年08月04日

あいまいな作中の時間

「燃えあがる緑の木」を読んでいるが、登場人物の発言に文体的な違いが無いので非常に読みにくい。
1980年代前半までの短篇小説にあったユーモアとか軽さとかが無くなっているのが厳しい。

今回読んでいる観点からすると、作中時間が同定しがたいのも困ったところである。
現実とフィクションをあえて混同して小説外の情報を導きこむと、1963年6月生まれの大江光をモデルにしている「ヒカリさん」が第一部「救い主が殴られるまで」の冒頭晩冬の頃に28歳と書かれているので、1992年から始まっているのだろう。

第二部「揺れ動く」に大江健三郎本人をモデルにする「K伯父さん」の書いたSF三部作の一部、二部が書かれているのに完結篇が書かれていないという話が出てくるが、これが「治療塔」(1990年)、「治療塔惑星」(1991年)のことだと考えると作中時間が1992年以降だという傍証になる。。

ただ、「救い主が殴られるまで」の「第四章 「転換」」で語り手のサッチャンが男性から女性へと生き方を変える機縁が記されているのだが、これがいつのことなのかわからない。連作短編集『「雨の木」を聴く女たち』(1982年)がおそらく出版された前後と思われるので、作中時間よりも10年前の1982年頃ではないかと思われる。

つまり回想の過去と、現在進行形的に書かれている現在との間に裕仁天皇は亡くなっているわけだが、それは作中世界とは関係ないものとして扱われていそうだ。

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