2019年09月02日

ダジャレ的なもの

笙野頼子「なにもしてない」で語り手「私」が1990年11月12日の「即位の礼」前後に「接触性湿疹」で苦しむのって、日本国憲法下で腫れ物扱いだった天皇に注目が当たるのと連動している、と気づいた。腫れ=ハレってのは言い過ぎだろうが。
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2019年09月01日

1989年の昭和回顧

新聞データベースで調べた記事の内容は抜粋し終えたので、その当時の昭和回顧の本を読んでみた。
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もっともこれも『毎日新聞』の昭和を特集した連載コラムをまとめたものだったのだが、記者が政府・官庁の発表に基づいて書く記事とはいくらか違う。

裕仁天皇の戦争責任についての日本人の甘さを突く人もいれば、真っ向から戦争責任などあり得ないと反対する人もいて、なかなか幅広く人選している感じである。
そんな中、家永三郎が次のように書き出していて、大岡昇平と同じ頑固さを感じた。

大変化がつぎつぎと

 昭和六十何年という年月を一つのまとまった歴史的時期と考えることは、歴史学の立場からはできない。そもそも元号で時代を区分すること自体、学問的ではないのだが、それでも大正だけは、「大正デモクラシー」という呼び名が学界や一般言論界でほぼ通用しているし、同じ国家体制のなかで、さほど大きな変化なしに十五年弱という短期間で終わっているからまあよいとしても、明治と昭和は違う。多元的な可能性をはらみ、共和制国家への志向までふくんでいた自由民権運動と大日本帝国憲法下とでは、同じ明治でも、情況が大きく変わっている。昭和のほうは、それ以上の激変が続いていて、とうてい同一時期として一くくりにするわけにはいかない。
181-182頁
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2019年08月31日

1990年の大嘗祭

新聞データベースで見つけた前回の「即位の礼」「大嘗祭」、それらに反対する人々の記事を読み直しているが、「政教分離」をうたった日本国憲法下での「大嘗祭」の扱いについて対立する意見が強調されている印象である。
天皇が神と一体化し神格が宿る儀式なのか、即位を報告し国の安寧と五穀豊穣を祈るだけの儀式なのか、という二つの意見が出て、本来は後者だったのが戦前・昭和初期に前者の見方が後付けされただけだ、という見方等を参考にしつつ宮内庁が後者を採用し、前者を否定することになった。一方で「宗教上の儀式」である、つまり信者ではない人から見れば「迷信」だということは認めているのであった。

その点、今回は前回を踏襲すればいいので主催する人たちは楽そうだ。過激派も活性化していないし。

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そういえば、今回の改元・践祚の際に、皇室の先祖である天照大神みたいな言い回しをしたメディアが批判されていたが、29年前も『毎日新聞』が「皇祖・天照大神と天神地祇」と書いていたり、読売新聞も「新穀を皇祖と八百よろずの神々に供え」と書いていたりする。
他の記事で紹介されていた宮内庁の文書に「皇祖及び天神地祇」と書いてあるので、おそらくそれををふまえているののだろう。今回もそんな流れで引用感覚だったのかもしれない。

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2019年08月30日

1990年の過激派

新聞記事データベースで1990年の即位の礼・大嘗祭をキーワードにして検索をかけてみると、かなりの数の反派の集会や、反対する過激派の爆弾テロの記事が出てくる。迫撃弾まで撃っている。
同時代を生きていたはずなのに、よほどボーッとしてたのか、すっかり忘れていた。
覚めた目で見る若い世代も多い、という記事もあるので、おそらくそのうちの一人だったのだろう。

さて、「燃えあがる緑の木」の主人公(というにはいささか影が薄いのだが)「新しいギー兄さん」こと隆は大学時代過激派組織のメンバーで、そちらがらみのトラブルを避けるために谷間の村で生活していた、という設定になっている。
また、「燃えあがる緑の木」の教会を始めた後、昔の仲間に襲撃されて傷を負ったりもしている。

1990年の中核派などの運動の活発化がなければ、この隆の造形はなかったかもしれない。
もちろん、過激化した学生運動自体は『河馬に噛まれる』連作や長篇「キルプの軍団」で取りあげられているのではあるが。

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2019年08月29日

1988年の「迷信」

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昭和の終焉 1989・9−1989・2 天皇と日本人 /朝日ジャーナル編集部(編者)

前回の改元前後のメディアでの取り扱いを確認しようと思って、いくつか古い本を借りてきた。
既に当時から、天皇を人間として扱う見方と、人間以上の特別な存在として扱う見方とが共存していることを指摘する声はあったのが確認できた。しかも、それが真っ向から対立するのではなく、自分たちと違う立場があるのも理解しております、というようなゆるい共存だったのである。

『朝日ジャーナル』1988年10月7日号に掲載された「過ぎゆく「昭和」の光景」という記事には、名物右翼(大江健三郎「セブンティーン」にも彼をモデルとした「右翼」が出てくる)の次のような発言が紹介されている。

九月二六日

 大日本愛国党の赤尾敏総裁(九〇歳)は東京・大塚の自宅にいた。玄関わきに「天皇陛下御平癒祈願」の垂れ幕。
「数寄屋橋の街頭宣伝は、病気がお悪いと聞いてからやめている。親が病気なのにその枕元で演説するというのもおかしいでしょう」
 二一日に、「迷信」と笑うかもしれないが」二重橋と明治神宮へ行き、天皇の回復を祈ってきた、という。


自分の祈念する行動を「迷信」として笑う人がいる(特に『朝日ジャーナル』の記者ともなれば、そうだろう)ことをふまえつつ、しかし自分の行動の正当性について疑ってはいないという態度である。

しかし、臣民は天皇の赤子という主張はわかるが、結果、子の方が年下という奇妙なことにもなっているのだった。

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2019年08月28日

元号の替わり目の物語

ちょっとしたミスでデータにすることができないでいた大岡昇平「狡猾になろう」(『群像』1985年8月号)の使いたいところを取りこんだ。

 以来、様々の流派の消長があったが、もはや戦後ではない、といわれると癪にさわって来た。私は戦後四十年といって、切りのいい数字だから何か一区切りのようにいうのには反対である。歴史を天皇在世で区切ることにはむろん反対、一〇〇年一世紀に切るのも反対だ。社会に重大な変化の生じた年で切るべきで、戦後でいえば二十七年の単独講和、三十五年安保の反対運動、三十九年オリンピックと高度成長のピーク、四十八年の石油ショックというように、「時間」ではなく「コト」で、区切るべきだ、と思っている。
562-563頁


身も蓋もない冷静な見方だが、メディアにはそういう区切りが必要だったりするわけである。このエッセイ自体が「私と「戦後」 戦後四十年目に」という特集の依頼に応じたもので、まあ、こういう批判が出ることも編集者は織り込み済みってことだろう。

意味が無いとわかっていても意味があるかのようにふるまう、意味があるものとして書くということがメディアにおいては必要とされており、ではどういう物語を選んだのか、というところに検討の余地があるのだった。
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2019年08月27日

様々な「迷信」

以前、「なにもしてない」に出てくる「迷信」という言葉についてふれたが、一箇所だけ、「接触性湿疹」に苦しむ「私」が「民間療法」を試してみた、という話の後に以下のような記述があった。

 ひとりで生活し夢や幻想にのめり込むようになってからの私は、思い込みの激しい人々ならば霊現象と呼ぶかもしれない状態に結構遭遇していた。だがそれらの多くはただの悪夢の領域に止まっており、また幻覚にしても予備知識がなければ出てこられない程度のものばかりだった。怖くはなかった。霊という文化に刃物やお経という文化がよく効いたりするところが我ながらマヌケだとは思ったのだが、自分の知らない心の底の方でコントロールの出来ない迷信がうごめいている状態には興味が湧いたのだった。外界に手が出ない分内面に行った。
 生きている限り、どこかに住まなくてはならないという類の理性は保たれたままで、ここ数年、私は幻への逃避とたえまなく戦っていた。例えば、予知夢、など信じてもいないのに利用していた。 そしてその信じ方は無意味にただ屈折するのだった。
 夢が当たるのは単純な意識下のシミュレーションに過ぎないと自分に言い聞かせ、信仰に入ったり神秘主義に溺れたりした覚えはない。デジャビュでない事は夢日記を見れば明らかだったが、うのみにはせず、そのくせ一応心には留めておいた。もっとも、どうせ夢の象徴などというものはどんな風にでも解釈が出来た。


「迷信」であると「理性」ではわかっているし、様々な知識に基づいて否定してみるが、どこか「心」に引っかかった状態から逃れられない。
この「私」の状態が、当時の、そして現在の皇室を見る多くの人々の視線と共通しているわけである。

『笙野頼子 〈現代女性作家読本〉』(鼎書房、2006年)という本を借りてきて「なにもしてない」を論じているところを読んでみたが、天皇制と結びついてはいなかった。
他の小説を論じたところも念のため読んでみる。
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2019年08月26日

「顕教と密教」説の元祖

先月戦前の天皇制の「顕教と密教」についてふれたが、一番最初にその説明をした本を念のため読んでみた。
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現代日本の思想 その五つの渦 岩波新書/久野収(著者),鶴見俊輔(著者)

60年以上前、1956年に出版された古典的名著というやつで、細かい記述についての記憶は曖昧だったが、だいたい把握していた内容のとおりだった。
「IV  日本の超国家主義ー昭和維新の思想ー」の「天皇の国民、天皇の日本」という節より引用しておく。

 第二に、天皇は、国民全体にむかってこそ、絶対的権威、絶対的主体としてあらわれ、初等・中等の国民教育、特に軍隊教育は、天皇のこの性格を国民の中に徹底的にしみこませ、 ほとんど国民の第二の天性に仕あげるほど強力に作用した。
 しかし天皇の側近や周囲の輔弼機関からみれば、天皇の権威はむしろシンポル的・名目的権威であり、天皇の実質的権力は、機関の担当者がほとんど全面的に分割し、代行するシステムが作りだされた。
 注目すべきは、天皇の権威と権力が、「顕教」と「密教」、通俗的と高等的の二様に解釈され、この二様の解釈の微妙な運営的調和の上に、伊藤の作った明治日本の国家がなりたっていたことである。顕教とは、天皇を無限の権威と権力を持つ絶対君主とみる解釈のシステム、密教とは、天皇の権威と権力を憲法その他によって限界づけられた制限君主とみる解釈のシステムである。はっきりいえば、国民全体には、天皇を絶対君主として信奉させ、 この国民のエネルギーを国政に動員した上で、国政を運用する秘訣としては、立憲君主説、すなわち天皇国家最高機関説を採用するという仕方である。
 天皇は、国民にたいする「たてまえ」では、あくまで絶対君主、支配層間の「申しあわせ」としては、立憲君主、すなわち国政の最高機関であった。小・中学および軍隊では、「たてまえ」としての天皇が徹底的に教えこまれ、大学および高等文官試験にいたって、「申しあわせ」としての天皇がはじめて明らかにされ、「たてまえ」で教育された国民大衆が、「申しあわせ」に熟達した帝国大学卒業生たる官僚に指導されるシステムがあみ出された。
131-132頁


非知識人(「国民大衆」)と知識人(「帝国大学卒業生たる官僚」)とで二つの天皇観、二つの国家観が分け持たれているというのが、この説のポイントである。
現在の状況は、誰もが「シンポル的・名目的権威」であると憲法に記され、また多くの人が考えているが、そのレイヤの上にうっすらと「権威」と見なすレイヤが重なっている、と考えられる。
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2019年08月25日

熱狂と冷静

6日前に、「即位の礼」がいかに大きなメディア・イベントであるのか、ということを述べたが、一方で次のような冷静な見方もあるのだった。

また,集中的になされた天皇報道に対して,国民がさめた対応を示したことも見逃がしてはならない.天皇死去直後の1月7日と8日にかけて,各テレビ局は通常の番組編成をやめて,天皇関係の特別番組を放送し続けたが,各局には,これに対する抗議電話が殺到したし,見る番組がないと感じた人々によって,レンタルビデオの店が盛況となった.新聞社の世論調査によれぽ,「さきの天皇のご容体が悪くなってからこれまで,約4か月間の世の中の動きについてあなたはどう思いますか」との問いに対して,「国民感情の白然な表れだ」とする人は28%にとどまり,57%の人が,「マスコミの騒ぎ過ぎだ」と答えている(『朝日新聞』89年2月8口).さらに,天皇制の草の根の動員力にもかげりが見え始めている.過熱したマスコミ報道にもかかわらず,大喪の礼当日,天皇の枢を皇居から会場の新宿御苑まで運ぶ葬列を沿道で見送った人の数は約21万人,即位の礼当日に行われたオープンカーでのパレードを見るために集まった人の数は約12万人と報道されている.59年4月10日に行われた皇太子明仁と美智子妃の成婚パレードの際には,53万人が沿道を埋めたことを考えるならば,この間の変化は明らかである.


原武史・吉田裕編『岩波 天皇・皇室辞典』の「改元」の項目である。
最後の成婚パレードとの比較については、いや、テレビで見ていた人が多かっただけだろう、視聴率とか調べたの? とツッコみたくなる。
前にも引用した疋田雅昭「逃走あるいは溶解する境界――笙野頼子「なにもしていない」をめぐって―― 」にも次のような記述がある。

 西側第二位の経済大国の威信を誇示しながらも、開かれた新しい皇室をアピールする、一五八の国と機関の代表が臨席した「即位の礼」と「大嘗祭」は、皇室の伝統に即して、大正天皇や昭和天皇の時のものを修復・修理したり、伝統的技術の衰退から多くの苦労を経て実現された。
さらにこの数年の間の皇室行事の多くは、多くの国民にとって一生で何度も経験出来るようなものではなく、その分、国民の関心は、細かい部分にまで寄せられており、 こうした形式性への精緻な拘りが、テレビによるライブ中継映像とその解説によって後押される形になった。


だが「マスコミの騒ぎ過ぎ」という反応を指摘しているのは重要である。そのような発言をする自由も当時は一応あったわけだ。
とはいえ、その「騒ぎ過ぎ」を誰も止められず、どう感じているかは関係なく巻きこまれているという事態が問題なのである。



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2019年08月24日

小説と事件

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私という小説家の作り方 /大江健三郎(著者)
大江健三郎が「燃えあがる緑の木」三部作についてどういう自作解説をしているかと思って読み直してみた。

 そのうちブレイクの神秘思想は、この連作に引用した範囲で私を惹きつけるにとどまらなくなり、『新しい人よ眼ざめよ』からはみ出して茂った。その豊かな枝葉のもとで、私は次の読書の対象にダンテを、さらにイェーツを選ぶことになった。そして十年ほどの時がたち、私はダンテに支えられながら『懐かしい年への手紙』を書き、イェーツに鼓舞されて『燃えあがる緑の木』を書いたのだった。
六章 引用には力がある 3

『燃えあがる緑の木』は、さきのギー兄さんの甦りとしての新しいギー兄さんを、フィクションの世界から現実の世界へ迎えなおして進行しはじめた。まずそれは小説の書き方の手法の問題だったが、いまやこの方法をつうじてしか、現実世界を生きる私に魂の問題を追いもとめることができなくなっている、ということなのだった。私の小説家としての人生が、その転倒したかたちを固定化させてしまったわけなのだ。
八章 虚構の仕掛けとなる私 4


『私という小説家の作り方』は1996年から1997にかけて新潮社から全10巻で出た『大江健三郎小説』に発表されたもので、彼が何を読み何を考えて小説を書いてきたかを語ったエッセイである。
なので、現実の事件との関係みたいなものは、少年時代の敗戦の体験くらいしか出てこない。

そのかわり「神秘思想」が「はみ出して茂った」とか「フィクションの世界から現実の世界へ迎えなおして」とか使えそうなフレーズがあるのだった。
posted by kuwabara at 22:47| 大阪 ☔| Comment(0) | 戦後文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする