2019年09月01日

1989年の昭和回顧

新聞データベースで調べた記事の内容は抜粋し終えたので、その当時の昭和回顧の本を読んでみた。
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昭和のこころ 文化人三十六人の熱き思い / 毎日新聞社 / 毎日新聞社
もっともこれも『毎日新聞』の昭和を特集した連載コラムをまとめたものだったのだが、記者が政府・官庁の発表に基づいて書く記事とはいくらか違う。

裕仁天皇の戦争責任についての日本人の甘さを突く人もいれば、真っ向から戦争責任などあり得ないと反対する人もいて、なかなか幅広く人選している感じである。
そんな中、家永三郎が次のように書き出していて、大岡昇平と同じ頑固さを感じた。

大変化がつぎつぎと

 昭和六十何年という年月を一つのまとまった歴史的時期と考えることは、歴史学の立場からはできない。そもそも元号で時代を区分すること自体、学問的ではないのだが、それでも大正だけは、「大正デモクラシー」という呼び名が学界や一般言論界でほぼ通用しているし、同じ国家体制のなかで、さほど大きな変化なしに十五年弱という短期間で終わっているからまあよいとしても、明治と昭和は違う。多元的な可能性をはらみ、共和制国家への志向までふくんでいた自由民権運動と大日本帝国憲法下とでは、同じ明治でも、情況が大きく変わっている。昭和のほうは、それ以上の激変が続いていて、とうてい同一時期として一くくりにするわけにはいかない。
181-182頁
posted by kuwabara at 23:51| 大阪 ☁| Comment(0) | 戦後文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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