2019年08月05日

実は明白だった作中の時間

昨日の「燃えあがる緑の木」の作中時間の問題、「第二部 揺れ動く」(「ヴァンシレーション」とフリガナがふってある。タイトルにふれる度にルビが必要になる。ええい、めんどうなり)を読んでいたら、「第五章 「死に至る手続きの数学的記述」」にヨーロッパを旅する「総領事」に同行した「ギー兄さん」の旅行日録に「六月九日、火曜日」等と記されており、調べたらこの年は1992年だった。
逆算すると、昨日の「ヒカリさん」の年齢に基づいて数えたのより一年ずれている。

1985年 「サッチャン」がザッカリー・K・高安とペッティングしたのをきっかけに男性から女性へと「転換」する。

1990年 「オーバー」が亡くなり、葬儀に親族が集まり、「ギー兄さん」が心霊治療めいたことを始め、しかしトラブルとなって殴られる。
「治療塔」発表
1991年 秋、「総領事」に病気が見つかり、外務省をやめて谷間での生活を始める。
「治療塔惑星」発表
1992年 ザッカリーが七年ぶりに谷間を訪れる。(1991年冬かもしれない)。6月「総領事」ヨーロッパ旅行。8月死去。
「治療塔」3部作最後の草稿が「K伯父さん」から送られてくる。

これらの作中のできごとに、「K伯父さん」が東京女子大学で講演をしたり、パリでシンポジウムに参加したり、高知の市民大学の講師をしたりといった記述が付随しているので、これらを大江健三郎の年譜と比べてわかることもありそうだが、逆にまた一年ずれていたりするのかもしれない。

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posted by kuwabara at 22:39| 大阪 ☁| Comment(0) | 戦後文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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