2018年06月02日

明治の小説における〈才子佳人〉の物語についての論文、落ち穂拾い

7年前に諸々の事情で中断していた明治の小説における〈才子佳人〉の物語についての論文をひとまず投稿した。

大きなところは変えず、島崎藤村や田山花袋の小説のストーリーや描写の特質を確認するために、先行するハウプトマン「寂しき人々」を引用し、また比較対象として泉鏡花と夏目漱石における美人の描写を追加した。
しかし、あらためて夏目漱石の小説のメタ性を確認することになりましたね。
ネットで公開されたらまたここに情報を載せますので、詳細は論文をご覧下さい。

ところで、「寂しき人々」をひさびさに読み直して気づいたことがあったので、ここで紹介しておこう。

島崎藤村「春」(1908年)の百十七節で岸本捨吉が仕事を求めて「陶器画を専門にする大きな仕事場」に行き、しかし何もできずに帰ってくるという場面がある。今の新潮文庫だと、295頁から300頁のあたり。尊敬する友人や愛する女性に死なれ、また家族にもトラブルが起り、追いこまれて鬱状態になっている岸本捨吉は生活の糧を得ようとするが、文学・芸術にかかわる仕事には関心を持てない。

という訳で、何もできずに帰ってくるのはいいのだが、なぜ「陶器画」なのだろうか。もちろん、いくらか「芸術」に近いが、独創性とは無縁な仕事ということで出て来るのだろうが、いささか唐突ではある。
「春」が島崎藤村の体験に基づいているということからすると、実際にそういうことがあったから、と考えることもできる。
しかし、実は「寂しき人々」にはこういう台詞がある。原文(PROJEKT GUTENBERG-DE)と森鷗外訳を並べてみよう。

Frau Käthe. Na, ich kann zum Beispiel Porzellan malen. Das Service ist von mir.

妻。まあちよつと云つて見れば、陶器画をかいても好うございますわ。あそこにあるお茶碗の画はわたくしがかきましたの。


この台詞は「寂しき人々」の主人公ヨハンネスの妻ケエテが、自身がもう夫にとって必要ではない、だから自分の力で生活をする、ということを語っている中で出て来る。
おそらく、ここではおよそ実現できそうもない話として「陶器画」を描く仕事が扱われているのであり、島崎藤村はそれを実際に自分の小説の登場人物にやらせてみたのではないだろうか。

なお、森鷗外の翻訳は「春」の3年後に発表され、上演もされているのだが、「陶器画」という表記が一致しているのは偶然なのだろうか。
島崎藤村や田山花袋が自分の小説の元ネタにしているのを知っていて、わざと「春」と同じ表記を採用したという嫌味なのではないか、という気もしてくる。
根拠は全くありません。

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島崎藤村『春』新潮文庫
posted by kuwabara at 18:52| 大阪 ☀| Comment(0) | 小説の描写について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする