2015年09月04日

「善蔵を思う」について―『葛西善蔵全集』を読む―

太宰治「善蔵を思う」(初出『文芸』1940年1月号)については既に論文を発表しており、ネットでも公開している

その際に「善蔵を思う」のように庭から闖入してくるものに脅かされる葛西善蔵の小説として「弱者」(初出誌『新潮』1925年第2号、全集二巻収録)をあげていた。
しかし、今回『葛西善蔵全集』を読み直して、きちんと玄関から入ってはくるものの、突然やってきて語り手の小説家を脅かす者が登場する「客」(初出誌『表現』1921年第2号、全集二巻収録)という小説があることに気づいた。訪ねてきた客は語り手の郷里の隣村の出身であると名乗りあれこれ郷里の話や自分の過去のことを話すが、結局は金を借りるのが目的だった。彼が去った後で今で言う「寸借詐欺」の常習犯であることがわかり、語り手の気分は鬱ぐというのがおおまかなストーリーである。

「善蔵を思う」の最後で語り手は彼に薔薇の木を売った農婦について

「同郷人だったのかな? あの女は。」なぜだか、頬が熱くなった。「まんざら、嘘つきでも無いじゃないか。」

と述べる。
「同郷人だったのかな?」という言葉は唐突で説明がつきにくい。彼は最初だまされて価値のない薔薇を買わされたと考えていたが、実はいい薔薇であると知らされてこの考えにいたる。
だまそうとする・だまそうとしていないという点では逆だが、郷里の出身者が語り手をだまそうとする「客」という小説をふまえた言葉だと考えると、一応詐欺つながりで説明がつくのではないか。

もっとも「客」は雑誌で発表された後、単行本には収録されていないので、当時小学生だった津島修治くんが読んでいたかは不明である。
posted by kuwabara at 18:22| 大阪 ☀| Comment(0) | 太宰治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする