2020年08月10日

noteの「作者のひみつ(仮)」、ひさびさ更新

「作者のひみつ(仮)」改、7章8章を公開。この二つは〈仲介者〉が作成したものが読者に作者のイメージを植えつける例として、それぞれ評伝・伝記と年譜とを扱っている。

元々は講義で取りあげた内容なので、骨格はできていたのだが、前者の方の差し替える新しい題材でいいものが無いか探しているうちに時間が経った。もちろん、大学のオンラインでの講義・演習が始まって慌ただしかったのもあるのですが。

ここまで公開したのは以下のとおり。

一般書っぽく書いた「作者のひみつ(仮)」が、

序章
1章
2章
3章
4章

と前半半分できており、

学研まんがひみつシリーズに敬意を表している「作者のひみつ(仮)」改が、

ある木曜日の午後
5章
6章
7章
8章

と主に後半の内容となっている。「ある木曜日の午後」はまだ書かれずにいる改の序章の前に入るものです。

次は「作者の死」について言及した第9章を改の方で書く予定。あと、noteの機能のせいで画像を十分使えなかった4章を改に書き直したいところ。

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そういえば、同じような教員と生徒の問答形式になっている読解にかかわる本を読んだので、こちらでは次はそれについて書く予定です。

posted by kuwabara at 18:37| 大阪 ☁| Comment(0) | 作者のひみつ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月10日

noteの『作者のひみつ(仮)』改

年末以来のエントリですが、天皇代替わりの儀式についての論文を大江健三郎メインに書き直したりしているうちに時が過ぎたのであった。

それも終り、最近は『作者のひみつ(仮)』を書きすすめていた。ただ、前に書いていたように「ひみつシリーズ」っぽくもっとストーリーがあるものにするのを試みていたのだった。確かにめんどうくさかった。

序章 木曜日の午後

5章 作者の売り手としての自覚

6章 作者による自作解説

内容としては1章から4章の続きということなりますね。

noteの方にも書いたけれども、先生はさておき、大学生と高校生のセリフの区別ができているかが問題です。マンガだったら平気なのですが、小説仕立てだと書き分けが必要になる。とはいえ、ダーシの代わりにキャラクタの顔を置けば、必要ないっちゃないんですが、誰がしゃべっているのか区別が付かないのなら、三人登場させる必要ないですからな。

7章以降もこの形式で書く予定です。

そろそろ前期の準備も始めたいので、次の更新がいつになるかは不明なり。

こちらの「改」も続きですね。

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posted by kuwabara at 20:27| 大阪 ☀| Comment(0) | 作者のひみつ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月31日

noteの『作者のひみつ(仮)』

『作者のひみつ(仮)』の仮原稿をnoteに掲載していたのに、こちらで紹介していなかったのに気づいたのでリンクを置いておく。

序章
1章
2章
3章

4章もだいたい書けているので、そのうち載せる予定。

ただ、タイトルが学研まんがひみつシリーズからいただいているのからすると、こういう書き方ではなくもっとストーリーがあるものにした方がいいのでないか、という気もするのだった。
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でも、正直それはめんどくさい。いや、普通に書いてもつまらない。さて、最終的にどちらに傾くのか。
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2019年10月08日

作者の写真

『作者のひみつ(仮)』の続き、作者の肖像写真が持つ力を取りあげる章のために大岡昇平全集を見る。

『読むための理論』の「作者」の項目で、『生と歌―中原中也とその後』(角川書店、1982年)で大岡昇平が中原中也の肖像写真に対する〈永遠の少年〉らしく見せる修正について指摘していることが紹介されているのだが、その詳細を確認したかったのだ。

『大岡昇平全集』18巻(筑摩書房、1995年)は中原中也について書かれたものを集めた巻で、実際にその件にふれているのは「写真像の変遷」という『太陽』1980年11月号に発表された評論である。

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『読むための理論』で紹介されていた写真は2葉だけだが、元の評論では29歳時の大人っぽい別の写真も含めて8葉も掲載されている。
読んでみると同じ時に撮られた二種類の写真がそれぞれに修正されているということなので、けっこう面倒な話であった。

ちなみに『読むための理論』で紹介されている二葉は写真aの修正されている3と写真bの修正されていない4だったということがわかり、感じていた違和感も解消されたのだった。

posted by kuwabara at 19:50| 大阪 ☁| Comment(0) | 作者のひみつ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月11日

伝記の魔力

『作者のひみつ(仮)』では、作者の伝記・評伝に対して、作者の生涯の出来事と作品を時に強引に結びつけてしまうものとして、そして作者と作品の関係を自明化するものとして批判的にとらえるのだが、しかし一方で伝記・評伝を面白く読むこともあるので、そのへんの態度の区別が必要になってくる。

いわゆる作品の作者ではなくても、人は生きてなんらかのしごとをするので、そのしごとの背景に生涯に体験したできごとがあるととらえるのはわかりやすく、納得しやすい。
坪内逍遥が「小説神髄」で「人情」に次ぐ「小説の主脳」としていた「世態風俗」というのもそういう、生活を描くことで生まれるリアリティを指していたように思われる。
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今で言うと、マンガやアニメやライトノベルでキャラクタの過去話を入れることにも繋がっている、しごとの背景を描く・読むことには強い魅力・魔力があるのである。

さて、明日から後期の講義が始まるので、書きこむペースは3月までと同じ感じになる予定。
posted by kuwabara at 23:26| 大阪 ☔| Comment(0) | 作者のひみつ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月10日

テレビと天皇

一昨日言っていた情報を追加して論文ができあがった。
たとえば前回の「即位の礼」の時のパレード中継は視聴率が各局合計58パーセントあったとか、そういう情報である。ふだんならテレビを見ている人自体が30パーセントしかいない時間帯だったそうな。

一月半ほど前にあげた小説論をまとめた本の目次案は、こう修正されることになった。

   第一部 メディアとしての小説

 「嘉坡通信報知叢談」論―メディアとしての小説―
 エンサイクロペディアとしての小説―幸田露伴と「浮城物語」論争―
 メディアとしての小説―一八九〇年の「報知異聞浮城物語」―
 難民・亡命者の位置 明治期の政治小説から見えてくるもの
 軍隊と身体―「挟み撃ち」あるいは「神聖喜劇」―
 大江健三郎と自衛隊、その持続性
 大江健三郎と原子力、そして天皇制
 家庭・〈われわれ〉・民主主義―『新しい人よ眼ざめよ』―
 一九八九・九〇年の天皇代替わり儀式を描いた小説―現実と神秘(オカルト)の二つの層


   第二部 小説による小説についての教育

リアリズムへの悪意―現実と小説の(無)関係―
太宰治「俗天使」論―「聖母」と「私」、「私」と「作者」―
「憂鬱妄想狂」の「一人角力」 「善蔵を思ふ」論
武田泰淳「風媒花」論―「エロ作家」と「プロ作家」―
〈私〉を書くこと―〈戦後派文学〉の継承―
小説と〈私〉―『「雨の木」を聴く女たち』―
小説の教育は可能か―『キルプの軍団』『静かな生活』他―
一九七〇年代の日本の〈小説家についての小説〉について
一九八〇年代の大江健三郎による自身の小説の再利用・再生の方法


しかし、『作者のひみつ(仮)』の方もあるので、すぐには進まないだろう。
posted by kuwabara at 22:42| 大阪 ☀| Comment(0) | 戦後文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月09日

作者と犯人

昨日画像を載せたノンフィクションを読んでいるのだが、殺人を自供したあたりで急に『家族の暗流」という出生から事件直前までを伝記的に語っている。一応事件を起こした理由とされてきたことの否定として必要ということなのだが、犯人についてはその生涯・半生を知る必要があるということなのか。

それで、気づいたが、作者について生涯・半生が必要と考えられているのは、ほとんど犯人扱いしているということにならないか。
犯人は犯罪を残すが、作者はかわりに作品を残す。
犯人の伝記と、作者の伝記、これはどちらが先なのだろうか。

ちなみにこちらの本は作者であり、犯人にされた人たちの話。
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posted by kuwabara at 23:15| 大阪 ☀| Comment(0) | 作者のひみつ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月08日

天皇の死と代替わり関連、ひとまず終了

昨日の作業を終えて、ぎりぎり規定枚数の上限に収めた。
もう少し追加する情報があるので週末までに調べるが、ひとまず少し置いておいて「作者のひみつ(仮)」の方をひさびさいじってみようか思っている。

とはいえ、もう後期が終わり講義に復活するので、その準備もせねばならぬ。
こういうのを読んだりもしている。

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posted by kuwabara at 20:43| 大阪 ☁| Comment(0) | 戦後文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月07日

「一九八九・九十年の天皇代替わり儀式を描いた小説―現実と神秘(オカルト)の二つの層」

題名を少し修正。

昨日の続きで分量をどう減らしたらいいかを検討した。
けっこう削ったが、まだこれから。

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この特集も確認しておかねばならないが、来月の方は無理である。
posted by kuwabara at 23:32| 大阪 ☀| Comment(0) | 戦後文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月06日

「一九八九年後の天皇代替わり儀式を描いた小説―現実と神秘(オカルト)の二つの層」

という感じのタイトルの論文、一応書こうと思っていたことを書いたが、規定枚数の上限をオーバーしているので2800字ほど削らねばならない。
書くよりは削る方が楽派だが、逆の人もいるのだろうな。

しかし、一九八九年に代替わりがあって、それ以降も儀式が続いたので「一九八九年後」と言っているのだが一般的な言い方ではないので、もう一度考えたいところである。

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posted by kuwabara at 23:50| 大阪 ☀| Comment(0) | 戦後文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする